家と暮らしを見つめるウェブマガジン

ひらやま家の人々

我が家のけしき ひらやま家

イラスト

仲むつまじく、お店とともに。
ちょうどいいリズムが紡ぐ新たな縁

時代小説『のぼうの城』の舞台で知られる忍城は、勇壮な三階櫓が行田の歴史を伝える。その近くに「食事処みずしろ」はある。2 階建ての民家のような佇まい。真新しい外観だが、足を踏み入れると、親戚の家に来たような安心感に包まれる。ここは、料理の腕と持ち前の明るさで数々の飲食店を営んできた夫妻の新天地なのだ。

  • 夫:まさしさん

    夫:まさしさん
    静岡県生まれ。74 才。食事処みずしろの仕入れ・調理担当。18 才で割烹修行をはじめ料理の道へ。これまでに各地で6店舗を経営する。

  • 妻:ひさえさん

    妻:ひさえさん
    埼玉県生まれ。66 才。食事処みずしろの接客、調理補助担当。お客さんと自然に会話できる天性の才を持つ。韓流ドラマにハマり中。

写真:tsukao

3

まかないの時間
-常連さん、あんな人こんな人-

まかないは、なんとなく

これから休憩時間ということで、まかないの時間ですね。今日は何を作るんですか?

まさしどうしよう。いつもなんとなくなので。

奥さんの意見も聞かれます?

まさし必ず聞きますよ。何食べたい?って。でも今日は希望がないみたいなんで……うどんを作ろうと思います。

何うどんですか?

まさし焼きうどんみたいなやつ。今日はさっぱり系がいいかなと思って。本来は煮込みうどんとかが好きなの、僕は。

煮込みうどん、おいしいですよね。でも僕、焼きうどんも好きです。

まさしじゃあ作りますね。まずうどんのパックをあけて、流水でぬめりをとる。そうしないと、べとべとになっちゃうから。それから野菜を……(冷蔵庫を開ける)、さて今日は、何を入れましょうか?

このタイミングで考えるんですね。

まさしそうそう。使わないといけない食材と、食べたいもののバランスを考えてね。よし、ニラとニンジンとおネギ。あと玉ねぎ。これを切っていきます。

お肉は?

まさしお肉は入れないです。全部同じくらいの大きさに切ったら、中華鍋で炒めていきます。

鍋、年季入ってますね。

まさしええ、羽生のときから使ってたやつです。あ、ニンニクも入れましょう。……香り物って、若いときはあまり好きじゃなかったけど、年取ってからは好きですね。

とっても分かります。

まさし炒めるときは、固いものから。ニンジンなんか固いでしょ。だから先。ニンニクは香りづけ。それから、他の野菜を入れます。

まかないをつくるのは、好きですか?

まさしそうですね。何かしらアレンジしてね。ちょっと面倒くさいけど(笑)。

楽しそうですよ(笑)。今日の味つけは?

まさしお塩と、胡椒と、みりんですね。あとちょっとお醤油……。ほら、焼きうどんっぽくなってきましたね。僕は、やわらか目が好きなんで、もうちょっと火を通してから、チーズを入れます。

チーズですか?

まさしそう。僕、チーズが好きなんですよ。残り全部入れちゃおう。

平山家流ですね。

ひさえウチは、けっこう何でもチーズ入れちゃいますね。

まさしはい、できました。こんなんでどうでしょう。

ひさえ珍しいね、焼きうどん!

まさし海苔があるから、かけましょうね。あとトマトでも切って……はい、これで完成。

おいしそう……。熱いうちに食べてください!

「みずしろ」の常連さん

まさし(1階のテーブルにて)じゃあいただきましょうか。いつもより、少なかったかな。

奥さんからみてどうですか?

ひさえ普段はもうちょっとあるかな。でも焼きうどんは、珍しいです。それじゃあ、いただきます。

まかない食べるときは何か話します?

ひさえあんまりしゃべらないですね。いつもはテレビをみながら2階で食べます。

まさしそうだね、無言だね。

これまでのまかないで、もう一回食べたい!っていうのはあります?

ひさえ天丼!

即答ですね~。

まさしあれ、うまいよね。自分でいっちゃあれか(笑)。

どんな時に作るんですか?

まさし自分が食べたいときに(笑)。

ひさえエビとかイカとか入ってて、豪勢なの。

いいですね。今日、お二人の仕事ぶりを見ていて思ったんですが、とても楽しそうですよね。Yさんとのやり取りをみていて、お二人のスタンスが少し理解できた気がします。

ひさえYさん、いい人でしょ? 私たち、ご飯をおいしく食べてもらってお金をいただいてるから、ちょっとでも笑顔で帰ってほしいなって思ってます。

まさしそうですね。たた食べるだけなら、家だっていいわけじゃないですか。それをお金出して、食べていただける。こんなありがたいことはないですから。

今までお店をやってこられた中で、印象的なお客さんっていらっしゃいます?

ひさえそれはもう、いっぱい!このお店でいうと、Yさんの他にもう一人、自転車で通ってくれてる80歳くらいの方がいるんですが、僕みたいなのはファミレスとかに入りづらいから、こういう定食屋さんがあると助かるよって言ってくださって。

うれしいですね。

ひさえいつもママチャリでやってきます。ウチでご飯を食べた後、市役所の近くの喫茶店に行くんです。

なるほど。ルーティンなんですね。

ひさえその喫茶店で、ウチができたことを聞きつけて来てくださったのが、最初なんですよ。だから、いろいろと街の情報を教えてくれる。

地元の情報屋さんですね。

ひさえそうです。お刺し身とか親子丼を注文されます。カツは重いからって食べない(笑)。でも反対に、この近くに住む90歳くらいの方は、週2回くらいカツ丼をテイクアウトしてくれます。

カツ丼、限定なんですね。

ひさえ息子さんと二人暮らしなんですけど、帰ってきたときに「食べるものないの」って言われちゃうから、買っとくんだって。

「骨」をもらう

みずしろ以外のお客さんはどうですか?

ひさえ羽生の「一龍」では、家族ぐるみで親しくしていた方がいて。何十年も務めた大企業を引退されて、これまでは会社との往復だけで、地元での交流があまりなかったって。私たちも羽生でお店を始めた頃だったから「同じ境遇だね」って、毎日のように来てくれました。

まさに、常連さんですね。

ひさえものすごく飲む方で、お話しも好きなので、その旦那さんが来ると、マスターが隣に座り込んで一緒に飲むんです。

なんだか目に浮かびます。

ひさえ それも半端じゃない量で、生ビール中ジョッキで10杯は当たり前。ノってくると、知らない人のお勘定も持っちゃう(笑)。

いつもビールですか?

ひさえビールか、焼酎ですね。でも全然食べないので、こっちで食べられそうなものをだして「食べて!」って言ってました。

食べないんですね。

ひさえ食べても、ほんの一口二口。とにかく、店に来るいろんな人と飲みたい方。でも、好き嫌いはハッキリしていたので、仲良くなれない人もいて、たまに口ゲンカしちゃうこともありました。

家族ぐるみってことは、奥様とも交流があった?

ひさえ近くに住んでいたので、彼が酔っ払い過ぎちゃうと奥さんが迎えに来て。一緒に担いで帰ったりもしました。

ほんとに飲む人なんですね。

まさし この飲み癖は直らないって分かってたんでしょうね。ご夫婦どちらも明るくて、いい方でした。一緒に旅行に行ったり。プライベートでも付き合いがあって、亡くなられたときに、遺骨をいただいたんです。

え、遺骨?

ひさえ奥さんが「イヤじゃなかったらもらってくれる?」って、小瓶に入れて分けてくれたんです。15年くらい前だったかな。2階の寝室に、親族の写真と一緒に供えてます。

よっぽど「一龍」が、大事なお店だったんでしょうね。

ひさえそうだったら、うれしいです。その頃の常連さんは年上の方が多かったので、けっこうみなさん、亡くなられちゃって。

ほんとにいろんな方がいたんですね。

ひさえいましたよ~。出前を持って行ったら「今日はお父さんがいない」「旦那がいない」とかで5回くらいツケで、いつの間にか引っ越されちゃったり。

それはひどい。いろんなご苦労をされてますね。

ひさえあとね、看護婦の方で今も親しい方がいます。昼休憩の時間が限られてるから、「行くから作っておいて!」って電話があるんです。羽生からときどき、行田まで来てくれます。

長いお付き合いですね。

ひさえ彼女の定番はタンメン&餃子ですね。

いいですね~。

ひさえあと、えび塩ラーメン。その子、エビが大好きだったんで、マスターが塩ラーメンをアレンジしたら、とても気に入ってくれて。その子の名前をつけて「いとちゃんバージョンね」って。マスターなんでも作れちゃうから。

新たなメニューの誕生ですね。その方が来たきっかけって覚えてます?

ひさえ最初は、お昼休みに一人で来たんです。羽生の町をあまり知らなくて、道を間違えて、たまたま一龍を見つけたそうです。

まさしカウンターの端っこで食べていたんだけど、昼営業が終わる頃だったから伝えたら、そのときは3時間くらい休憩時間があったみたいで、「もう少し、ここにいさせてもらっていいですか?」って。

なるほど。

まさしそれから2時間くらい過ごす間に意気投合しちゃって。「また来ます」ってことになったのがきっかけですね。

いい出会いですね。その方が、行田にまで来てくれる。

ひさえええ。うちは雑魚寝だったら寝られるから、今度は一泊していきなよって話してたんです。

それ、楽しそうです。

まさしじゃあそろそろ、夕方の営業はじめようか。