家と暮らしを見つめるウェブマガジン

手作りと人

道後温泉から車で東へ約 1 時間、北に広がる瀬戸内海を渡れば尾道という位置に、新居浜市はある。どこへ行っても海が近い港町で、漁師を親に持つ地元の離島出身のなかやま・こうすけさんは、20代にして家を構えた。その理由は、海ではなく、山にあった。

1.海辺の家から、山辺の家へ

新居浜の県道から瀬戸内海を望むと、人口わずか百数十人の「大島」がぽっかり浮かんでいる。この島で生まれ育ったなかやまさんは、陸と島をつなぐ市営の渡船で働いていた。ある日、老人から突然に「兄ちゃん、イノシシ捕れたけん」と声をかけられる。その人物こそ、なかやまさんに「狩猟」の扉を開いた、地元猟友会の局長だった。

「最初は『そうなんですねー。はよ乗ってくださいねー』と塩対応してたんですよ。そしたら『見せてあげよう』って来たので、めんどくさいなと思いつつ軽トラまで見に行ったら、100キロを超えるようなイノシシで! 思わず『これ、おいちゃんがやったの?』って聞いてました。だって、ひょろひょろのおじいちゃんでしたから。しかも『槍で突いて倒したんよ』と言うので、『ちょっとその話、詳しく聞きたいです』って。それがきっかけでした」

なかやまさんはその後、民間の船に転職し、島から陸へと移り住んで結婚。2年前に獲物を解体するための大きなガレージ付きの家を購入した。いまは3人チームで狩猟を行っている。メンバーは、どちらも年上の男性で36歳と40歳。その一人は、 獣医師だという。

「僕の飼い犬の身体にしこりがあるなと思って、動物病院に行ったんです。その先生に『もしかしてマダニですか』って聞いたら、『しこりは皮膚の下にあるんで違いますよ。何かマダニがつくことをしてるんですか?』と。野生の獣ってマダニが天敵なので。『僕、狩猟をするんです。命をつなぐところに来てるのに、冷たいことしよるんです』と言って、ああもう出禁かなと思っていたら、『え!狩猟してるんですか?興味あるんです』となって」

狩猟の現場を見たいというと、家近くの狩り場へ連れて行ってくれた。海の近くに、丘陵のような山が連なる。なかやまさんは籔で茂る石垣をひょいと上り、間もなく立ち止まった。

「ここに罠があります。円い板を踏むとバンと足に食いつく。餌は米ぬか。山盛りにしていたのが無くなってるし、土の匂いもするから、おそらく来とったっすね。この辺りは、イノシシやタヌキ、キツネが多いですね。狙いはヌシ(イノシシ)。やっぱりおいしいので」

獲物が掛かっていたら、後はスピード勝負。暴れないよう猟銃で頭を打ち抜き絶命させ、動脈を切って血を抜く。さらに素早く腹を裂き、内臓をとる。鉄砲は基本的に、暴れないようとどめだけ。その後は、一秒でも早く冷やす。体温を下げないと、肉が傷んでいくからだ。近くの川に浸して2~3時間ほど。家に連れ帰り、水道で冷やすこともあるという。

「イノシシと出会ったこの2~3年で、僕の暮らしぶりは変わりました。自分が家を買うなんて思ってもみなかった。正直、ずっと賃貸でええわって思ってたタイプで。車も、ええものに乗ってればいいやと思ってたのが、軽になってますし。人生わからんものですね」

2.理想のガレージDIY

なかやまさんの家の門を入ってすぐのところに、トタン屋根のガレージがある。入り口にはブルーのビニールシート。けっして見映えのする外観ではないが、側面や裏の外壁は板張りで窓には庇も付いていて、山小屋のようで愛らしい。内部の骨組みやインテリアも黒と木肌で統一され、デザイン性を感じる。

「配色は妻と相談して決めました。自分用のガレージなんですが、基本的に妻が嫌がることは、せんとこうと思って。自分の世界はつくるけど、妻のセンスも入れる。お互いに暮らしていて楽しい空間にしたいなって。もちろん妻も、一緒にバーベキューしますしね」

工具を飾るように収納したり、カラの薬莢(やっきょう)をペン差し代わりにしたり、小棚にフィギュアを置いてたり。解体しやすいよう、獲物を吊るす滑車のラインや道具の取りやすさなど動線を考え抜いたそうだが、機能性だけの殺風景な感じはまったくしない。

「材料費は10万くらい。塗装も全部自分でやりました。去年の春に始めて9月くらいにはできてましたね。僕一人で1日3~4時間くらいやってました。そのうち台風が迫ってきて、壁を仕上げないと資材や工具が濡れて錆びちゃうので、後輩を巻き込み1日かけて急いで仕上げました。真夏で汗が尋常じゃなくて、塩タブレット1袋を1日でたいらげました(笑)」

お金が貯まったら、入り口も板張りにして一部にビニールを貼り、表からは中の様子が見えるようにしたいそうだ。ここで解体した獲物は9~10頭くらい。こうしてなかやまさんの「いつでも解体できる場所」が誕生した。

「家屋もガレージも、すごい満足感で後悔はまったくないです。そもそも僕は大きなガレージがほしかったので、新築で買うとなると年齢的にも現実的じゃない。中古は正直、怖かった。見た目だけじゃなく、機能的なボロさとか。でも、僕の実家も築100年とかで、そもそも新築を知らんのです。その上、金額も高いし土地も狭くなる。それは嫌だなって」

さらに、これからの人生、また転職するかもしれないという思いもあった。見つけた家は、骨組みだけでもガレージ付きで、畑もある。ちゃんと維持費にお金かければ長く使えるし、知り合いに大工もいる。ピカピカの家がいい、とはまったく思わなかったという。

「僕も妻も、どうせズタズタにしちゃうので(笑)。実は、すでにウチの犬が噛みまくっちゃってキッチンの壁に傷があるんです。でもまあこの子が生きた証だな、くらいの気持ちです。でもこれが新築だったら、到底そんな気持ちにはなれないだろうなと。そういうところ、すごく神経質なので。今くらいのゆるい感覚の方が、自然体で暮らせる気がします」

3.僕がシシ肉を食べる理由

自慢のシシ肉を振る舞ってくれるというので、家の中へ。キッチンには大きな冷蔵庫が1つと、冷凍庫が2つ置いてあった。冷蔵庫は日常づかい、冷凍庫は狩猟した肉専用だ。なかやまさんは、猟友会の局長に出会った時、肉を売ってほしいと持ち掛けた。

「そしたら局長が『いやいや、あげるよ』って。家に帰って食べてみたら、ジューシーなのに水っぽくなくて、すごいおいしい。脂身を食べてもまったく胃がもたれない。これは悪いものじゃないなと妻に食べさせたら、ふだん2、3切れしか食べないのに、お皿をきれいにしちゃって。これは、今まで食べていた肉とは全然違うなと思いましたね」

なかやまさんは子どものころ、狩猟をする父の仕事仲間のおじさんから、鹿肉をもらい食べたことがあった。でもジビエを食べたのはそれくらい。体験としては浅かったそう。そう話しながら、なかやまさんは冷凍庫の一つを開けた。

「ほぼ全部シシ肉ですね。獲れた日付と部位をこうやって書いてます。これはアバラ、これが後ろあし、これは脂身。あ、これはカモだな。捌いたら急速冷凍できるように、冷凍庫は2台。お肉を極力おいしく食べたいので。部位によって味も違うけど、何より硬さが違いますね。今から焼く後ろ足は少し硬いので、筋切りして食べます」

特に後ろ足は大きい部位のため、どんどん消費する。外食しなければ、ほぼ毎日イノシシを食べる。冷蔵庫の中で約1日解凍し、市販の肉と同じように使っている。

「一番好きな部位は、ロースかな。硬さもちょうどいいし、食べやすい。筋きりの必要もないから、料理の幅も広くなる。揚げても、焼いても、煮込んでもおいしい。後ろ足やバラ肉は、かなり長時間煮込むか、筋切りして焼くか、薄~く切らないと噛むのがしんどいかな」

なかやまさんは、手慣れた手つきで肉を切り分ける。包丁は手入れされていて、よく切れる。焼肉屋さんのハラミの一切れくらいの大きさに切り分けると、筋切り器を使い筋肉の筋を断つように叩いていく。市販の肉より赤みが強く、色からも生命力が感じられる。

「市販の肉は、焼くと過剰に脂が出る。とくに豚バラとか、すごいじゃないですか。でもシシの脂は焼いても消えない。猟友会の局長いわく、これはコラーゲンらしいです。ある友達からは、煮詰めると軟膏みたいになり傷薬に使えるとも聞きました。ただ僕は脂身が大好きなんで、そんなことしないです(笑)」

焼き上がったお肉に、いつもの昼食のようにパスタを添えてくれた。肉を口に入れると、程よい歯ごたえ。牛タンや鳥のセセリのような食感で、肉の味が濃い。いくつか食べても、スッと身体に馴染んで、自然に消えていった。

4.妻と愛犬と趣味の部屋

なかやまさんと話していると、妻・あかねさんの人となりが気になって仕方ない。甘いものに目がなくてホールケーキを丸ごと食べる。力はないけど、解体くらいできちゃうんじゃないか。子どもの頃から人体標本が好き。イラストを描いたり、ぬいぐるみを作ったりもするそうだ。出勤前のひととき、顔を見せてくれた。

「これが私が描いた犬のイラストをぬいぐるみにしたものです。飼い犬のロバちゃんをイメージしました。イングリッシュコッカースパニエルという犬種で、最初はこのぬいぐるみみたいに、ほんまに頭のてっぺんだけが黒くて、ほかは白かったんです。でも成長していくにつれて黒くなってきて、その面影はもうないです」

そう柔らかく微笑むあかねさんは、吠えるロバちゃんを愛おしそうに抱いている。なかやまさんの表情も、心なしか和らいで見える。人体標本が好きというのは、本当だろうか。

「はい、好きですね。標本は実家にあるので今は持ってないんですけど。まあまあグロテスクなんですが、好きですね。彼が解体するのもよく見てます。手先が器用ならもっと手伝いたいし、できると思うんですけど、細かな作業が苦手なので邪魔しないようにしますね」

ロバちゃんと一緒に外にでて、庭を案内してもらう。愛らしい姿で走り回るロバちゃんに、あかねさんは今「ごはんを食べた後そのままハイタッチする」という新たな技を覚えさせているそうだ。庭の畑では来シーズンもまた、いろいろ野菜を育てるのだという。そういって、職場へと出かけて行った。

「冷蔵庫に手書きのレシピが貼ってありますが、妻はお菓子づくりも得意です。普段の食事作りは僕が担当で、年に10回くらい、妻のご飯を食べれたらええ方かな。彼女も作るのがうまいです。僕とは作るものが違って、ハンバーグとか、餃子とか」

二人共通の趣味はバイクで、ツーリングに出かけることもあるという。玄関には、仲良くヘルメットが並んでいた。玄関の脇は、なかやまさんの趣味の部屋だ。扉を開けると、工事現場によくある単管パイプで組まれた筋トレ機器が目に飛び込んできた。

「これ、いいですよ。洗濯物も干せて。ネットを見ながら、特に設計図もなくホームセンターで材料を買って、考えながら組み立てました。ここまでやるなら、既製品を買ってもよかったかなって思ったりもしますが、自分で作ると構造も知れて面白いですよね」

部屋の棚の上には、使い込まれた皮のブーツがあった。高校生の時にお金を貯めて買った本革で、ワックスを塗り込み塗り込み今だに履いている。リビングのダイニングテーブルも、自作したものだという。気づいたように「そういう手間が好きなのかも」と呟いた。

5.狩りが暮らしにくれたもの

キッチンに戻ると、なかやまさんが黒もじ茶を入れてくれた。罠の見回りで山に入ったときにカバンいっぱいに採ってきて、家で洗って乾燥させたものを、鍋で煮出してくれた。きれいな色で、香りがいい。

「これは作ったまま半年くらい存在を忘れていたんですけど、仲間に『これって何ですか』って言われて、適当に煮だしてみたんです。そしたらめちゃくちゃおいしくて。今度は八角を山で見つけたので、ポケットいっぱい詰めて乾燥させてたら『これは毒物やねん』って知り合いに言われて。春になったら詳しい人に、野草の種類を教わろうかなと思ってます」

身体を鍛え、おいしい肉をストイックに追い求める一方で、古いものを大切に使ったり、山を愛する自然派の一面もある。そこには、それぞれを、それぞれに楽しむ暮らしの眼差しがあるように感じる。

「やっぱり楽しむことが絶対重要で。去年、獲れたイノシシは年間8頭。この8回以外が楽しくない日で終わるのは、すごくもったいない。山を歩いて何かを見つけたり、たまには池に行ってカモを撃ったり。仕留めたカモを池から引き上げるのに、ラジコンボートを改造して引っかけてみたり。自然を使って楽しく遊ぶ方法を、いつも考えてるみたいな感覚です」

狩猟で罠を仕掛けるときも、「固執しない」を合言葉のようにしているという。

「取る取る取る!って囚われて、人に迷惑かけたり、自分が怪我したりしとったら、いっぺんに楽しくなくなってしまうじゃないですか。『おいしい肉を取れたらいいな』くらいのゆとりある感覚でいることに、一番重きを置いているかもしれません」

狩猟を通して、自分の考え方や人生の楽しみ方まで変わってきた、なかやまさん。猟友会の局長が見せてくれたものは、まさに人生を変えたイノシシだったんじゃないだろうか。

「本当にそう思いますね。この家は『イノシシが買わせた家』みたいなもんですね(笑)。親爺は漁師で、僕も海で仕事してますけど、陸のものが人生を変えたっていう。それと、前より家がすごく好きになりました。以前は、旅でもキャンプでもバイクでも、家を離れる趣味が多かった。でも、自分にとって居心地のいい場所にしていったら、いままで広く浅く、だったものが、深く深くなっていって。このガレージも、全部業者さんに頼んだら楽だし、綺麗に仕上がるはずですけど、それは経験として、すごくもったいないですよね」

生きることを深く楽しむ。なかやまさんのこのスタイルは、狩猟を楽しむ彼なりの、命への最大の敬意のように思えた。

写真:tsukao