盛岡の街に降り立つと、雄大な岩手山が目に飛び込んでくる。県のシンボルであり、最高峰。 その山麓へ車で 40 分ほど近づいたところに、おがさわら・まさかずさんの家はある。「60歳までここで遊び倒したい」と豪語する、父親の表情は晴れやかだった。
1.僕が遊びに生きる理由
おがさわらさんは、三陸海岸の山田町で生まれ育った。趣味の海釣りを楽しむため、車で 2時間ほど離れた故郷の海へ、今も通っている。だが、いまの家に引っ越してきてから、近所の小さな沢で川釣りをする機会も増えたという。家を訪ねると到着早々、釣り道具を身に着け、その場所へと案内してくれた。

「ここは地元の人が集まる激戦区なんです。とくに雨が降った翌朝は人が多い。エサは畑でとってきたミミズですね。沢沿いを歩きながら川底に這わせるように糸を流して、ダメなら引き上げて次のポイントへ移動するスタイルです。かなりの大物も掛かるんですよ」
子どもの頃は、川魚が好きだった祖母のためによく近所の川で釣っていたそうだ。自分に記憶はないが、植木職人だった祖父も釣りに目がなくて、仕事もせずに釣りばかりしていたらしい。血を受け継いだのか、高校卒業後は漁師になりたいという気持ちもあった。しかし当時は「サッカー選手」という夢に燃えていた。

「三菱自動車の実業団に所属しながら、ファンだった浦和レッズへの入団を目指して武者修行してました。最後は国体候補までいったんですが、ケガで断念。当時、漁師は現実的じゃなかったので、祖父にならって植木職人の道に進みました。でも20代半ばで、今度はスノーボードで大事故を起こしてしまって。アイスバーンに弾かれて、足の裏からリフトの柱に激突したんです」
身体が頑丈だったせいか足が折れず、代わりに恥骨や尾底骨、骨盤が割けた。気づくと、へそから下の感覚が一切なくなっていた。それからはリハビリの日々。普通に歩けるようになって、ようやく現職の業界に職を得た。その頃に出会いがあって結婚している。

「職を転々としていた30代の頃にボランティアでサッカーの指導を始めたんです。中学生の部活動でしたが、彼らと一緒にサッカーするのが本当に楽しくて。でもその分、家族に迷惑をかけました。なにせ平日の夜も、土日休日も家にいない。お金は出て行くばかり。でもある時、相撲に打ち込む息子たちの姿を目の当たりにして、サッカーから足を洗いました」
自分の子どものひたむきな懸命さに、この姿を見逃すわけにはいかないと心の底から思ったという。数年間、毎日のように道場まで送り迎えをして、ずっと付きっ切りだった。そして、息子さんの成長とともに少しずつ手が離れ、自分の趣味を始めるようになった。

「サッカーに少しでも戻ったら、自分はまた家族をないがしろにしてしまう。自分の時間は趣味に使おう、と決めました。だから僕にとって趣味は、とても大切なんです。ここに住んでしばらく経ち、想定以上に楽しめそうなことがいっぱい出てきたので、目いっぱいに夢を広げようと思っています」
2.釣りもキャンプも一番好き
子どもが2人とも地元に就職したため、通勤しやすいこの場所に、家族一人一人の部屋と一人一台の駐車スペースがある生活拠点を整えたかったという、おがさわらさん。1階は開放的なリビングとキッチン、2階がそれぞれの個室となっている。彼の部屋に入ると、数本の大きな釣り竿が立てかけてあった。キャンプ道具も、かなり充実している。

「釣りとキャンプは、両方一番好きですね(笑)。でも、両立はなかなか難しい。釣りに没頭しちゃうとキャンプを楽しめないし、のんびりキャンプを満喫していると、今度は釣りの時間がない。だから、自分一人で行くときは釣りがメインで車中泊。テントも張らない。でも誰かと出掛けるときは、食べる分だけを釣って、メインはキャンプ。そんな感じです」

おがさわらさんの部屋は、趣味のための基地のようだ。種々の道具がきれいに整理され、部屋の隅に積まれている。おがさわらさんは、おもむろに一つの釣り竿を手にすると、ウェットティッシュのようなもので拭き始めた。
「釣り具メーカーの安い中古品を買ってきて、メンテナンスしながら使っています。これはフローリングを掃除するシートで、ちょっと油分があるんです。こうすると、塩分がとれるし、汚れが付きにくくなる。海風にさらされたり、魚を触った手で竿に触れると塩分が付いちゃうので。あと、使ったら道具を家に入れて確認してやる。大事にすると長持ちする」

手入れの仕方は、人によっていろいろらしい。例えばおがさわらさんは、ガイド(釣り竿の先端から手元にかけて付いている糸を通す輪っか)にリップクリームを塗る。そうすると、糸の抜けがすごく良くなる。これは、子供の頃からやっていたことだ。
「釣り道具でもなんでも、僕は高級品を買いません。針やルアーを入れるケースも安いけど、機能性がよくって。海釣りでは、針やルアーを状況に応じて使い分ける。潮の流れが速いとか、水が濁っているとか、どれくらい遠くに飛ばすかとか。海は常に変化するので。魚が好きな夜光虫がいるように見せかけるときはこれ、とかね」

道具を取り出しては、熱っぽく語る。狙いは主に「メバル」「ソイ」「アイナメ」の3種類。特にアイナメとメバルは12月からの産卵期、発情している頃が美味しいらしい。大物の黒ソイが掛かり釣り上げようとしたら糸が切れ「晩酌が~!」と絶叫したこともあった。「僕の釣りの原動力は『食い意地』なんじゃないか」とくったくなく笑う。
3.欲しいのは、モノより思い出
引っ越してきてから1年。まだまだ道具たちを思うように整理できていないというが、部屋は整然として、きれいに収納されているように見える。だが彼には、愛用品をこう飾りたいという、部屋のインテリアのイメージがあるそうだ。

「まず、必要な時に必要なものをすぐ持ち出せるようにすること。そして、『あの時、あの竿で、こんな魚を釣ったな』と、その道具を見ていると釣りに熱中した瞬間が頭の中で再生されるような飾り方にしたいです。それが、寝ながら眺められる位置にあってほしい。ルアーもケースにしまい込むんじゃなく、引き出しを開けたら、ずらっと見えるようにしたい」

釣りの最中は仕事よりも真剣だと冗談交じりに言う。シーズンになると、仕事終わりに山田町の浜まで飛んでいって、即席ラーメンで腹を満たしながら、ひたすらに釣りに興じることも珍しくない。釣った魚は、すぐに生き締めにして血を抜き、徹底的に鮮度を保つ。
「冷海水っていう保存方法があって、氷でサンドし、海水を入れて持ち帰ります。せっかくなら美味しく食べてほしいじゃないですか。家族みんな刺し身好きなので、自分で捌いてまずは家族に食べてもらいます。お造りにして、近所や職場の人に持って行くこともありますね。将来的には、それをキッチンカーでやれたらいいなって」

おがさわらさんの原体験は、幼少期にある。浜辺で友だちとじゃんけんして、負けた人は海で何か取ってくる。親戚にテントを借りて飯盒炊飯をする。そうやって遊んでいた。中でも印象に残っているのが、地元の母親たちも参加していたワイルドな焚き火だ。
「夏休みにみんなでジャガイモと大鍋をもって浜にいって、海水を鍋に入れてジャガイモを茹でるんですよ。その辺で薪を集めてきて焚き火して。茹だったら、ジャガイモを母親たちが『ほらいけ!』って海に投げる。それを子どもたちが競って泳いで、取ってきて食べるんです(笑)。海水だからジャガイモに塩っけがついて、うまかったですよ」

今でも趣味を楽しむのは、地元の浜辺。去年の年末は気の置けない仕事仲間と一つのテントの中で、釣った魚を刺し身にしたり、塩と酒だけで煮込んだりして、二人きりの野営忘年会としけこんだ。
「翌日には旧友の漁師がやって来て、クーラーボックス3つ分の魚を置いていきました。いつもそこでキャンプしてると、タコとかナメタガレイとかを持って来てくれるヤツで、あの先生はまだ元気かなとか、そういう昔話をするのも楽しみにしてるんです」
4.庭づくりは、妻との共同作業
この家で暮らすようになって、おがさわらさんは奥さんと一緒に庭づくりを始めた。庭には砂利が詰められ、縁に沿うように色々な形の花壇がある。元植木屋の経験を生かし「土」をつくるのが自分で、そこに「花」を植えるのが妻だという。

「ここに植えてあるのは、かみさんと散歩していて見つけた野草です。あっちのやつはスズランですね。花はもうなくなっちゃいましたけど。この辺は水仙ですね。庭を整備しているときに、草を刈り取ろうと掘っていたら球根がいっぱいでてきたので、試しに植えてみました。今年は花が咲かなかったので、来シーズンに期待ですね」

花壇の柵は、職場で出る木の端材でこしらえてある。一度焼いたり、腐食剤を塗ったり、長く使えるよう工夫したが、測ったりすることが苦手で、よく見ると歪んでいると笑う。どの花がどこに植わっているのかも、正確には把握していない。なんとなく「いいな」「綺麗だな」と感じるものを、感性のままに植えていているそうだ。
「花壇は、妻と二人で楽しむことを大事にしています。駐車場の裏にある畑は、去年ミニトマトとピーマンから始めました。かみさんの実家が農家なので、アドバイスをもらいながらやっています。あの横一列に並んでるのは、最近始めたキクですね。食べられるキクで美味しいので、ゆくゆくはこれを販売してローンの足しにしようかなと(笑)」

おがさわらさんが植木職人だったのは、20代前半の頃。幼いころから、土いじりは好きだった。学生時代には、祖父の庭作業を手伝だったこともあったという。
「祖父は、園芸用のハサミと脚立を担ぎ、自転車にまたがって、家々のお庭を手入れして回ってました。そういう姿に惹かれてて。でもこの庭は、自分だけで完成させてしまうのは違うなと思いました。かみさんの入る余地がなくなっちゃうから。せっかくお互い『花っていいね』という感性があるので、あれこれ相談しながらやりたいなと」

庭先には木のベンチとテーブル、いくつかの丸太が並んでいる。一日の終りにここに座り、花を眺め、空を仰いでビールを飲む。BGMは大好きなレゲエ音楽だ。そして、もっとこの辺に、こんな花があったらいいなと夢想する。山麓の一軒家の暮らしは、実に優雅だ。
5.一人で完結しない趣味
おがさわらさんの朝は早い。平日は5時頃に起きて朝ごはんを食べ、6時半前には出社。定時なら夕方の4時半に仕事が終わるので、春の時期なら山に立ち寄り山菜をとって、6時半には帰宅。その頃にはたいてい子どもたちも帰ってくる。そして、みんなでご飯を食べる。

「帰宅後は花や野菜に水をやったり庭作業をして、終わったらかみさんに手伝うことはないか確認。いらないと言われたら、ビールタイムですね。外のベンチで過ごします。そのくらいには、かみさんもキッチンで飲み始める。食事の後、自分は洗い物をして片付け終えたら、もう一回外に行って、夜風にあたりながら外飲み2回戦です」

子どもたちも、自分たちの部屋でそれぞれの趣味を満喫する。長男は、本格的なゲームデスクを買うほどのゲーム好き。ジャンプ系のマンガやアニメが壁中に貼ってあり、音楽も好き。次男は、韓流アイドルにご執心で、二人ともよくライブにいっている。だが、最近になって、キャンプや釣りにも興味が湧いて来たらしい。
「次男が、友だちとキャンプするからと相談してきたり、釣りに連れていってほしいというので一緒に行ったり。長男も、仲間と秋田の浜へキャンプに行ったり。子どもたちが物心ついた頃から、ときどきキャンプには行ってました。やっぱり浜が多かったですね」

奥さんは子どもたちと仲がよく散歩好きなので、家の周辺を子どもたちと一緒に歩き、いい感じの草花を見つけると、教えてくれる。リビングで家族とテレビを見ることもある。でもおがさわらさんは、無理に都合を合わせ、家族一緒に何かする必要はないと思っているようだ。みな大人。それぞれが、それぞれのスタイルでこの暮らしを楽しんでいる。
「僕は夜に部屋へ戻ると、よく庭飲みしている人のユーチューブ動画を見るんです。特に最近、『庭で夏休み』っていう山梨の人のチャンネルが好きで。彼は、庭で飲むためにその家を建てていて、七輪で魚を焼いたり、道具とかもとても巧みにやってる。あれを見ながら、ひとりの世界に浸っていると、本当に飲みたくなりますよ」

部屋の道具を改めて見渡すと、おがさわらさんの趣味の懐の深さを感じる。大きなタープ、少人数用のテント、数本の釣り竿に、無数のルアー。一人の時間、家族との時間、そして友人・知人との時間、それらをシームレスに行き来しながら楽しんでいるのが分かる。
「一人の釣りは、準備も釣った後の作業も好き。釣ったことを思い返しながら捌き、脂の乗りを見て、家族が美味しく食べてくれるか想像するのも好き。振る舞った人が食べる表情を観察するのも楽しい。自分一人で完結していたら、きっとここまでハマってないですね」

日が傾きはじめると、庭先でビールタイムが始まった。黄金色のグラスを片手に「ここは夢だらけですよ」とほほ笑んでいる。数年後、彼の趣味の基地はどうなっているんだろう。そんなことを想像するだけで、楽しい気持ちになった。
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