高速道路の出入り口近くに、その閑静な住宅地はあった。神戸中心市街地の郊外で、有馬温泉まで車で 10 分。小型トラックが停まる白とベージュの一軒家に、ただ・じゅんぺいさんは家族 3 人で暮らしている。チャイムを押すと、中から元気な女の子の声が聞こえてきた。
1.ほのかちゃんとの休日
訪ねたのは、陽射しの強い夏の盛りだった。午後に向かい日がますます高くなる時間だが、 近くの公園にでかけるのが日課だという。子どもの名前は、ほのかちゃん。まぶしい笑顔と 明るい声が印象的だ。

「暑くても、この子は公園に行きたがるんです。朝は家事をしてるので、だいたい10時か11時くらいになることが多いですね。でも夏は30分が限界。ウチは、片方が家事をして、片方が子どもを公園に連れて行く、みたいなことはなくて、出かける時は基本3人です」
高速道路が近いとは思えないほど静かで緑あふれる住宅街を抜け、公園に向かう。スピードを出して走る車も、ほとんどない。子どもを育てるには、理想的といった環境だ。これで有馬温泉も近いというから、たまらない。

「有馬温泉は、妻側の親戚と年末に集まる場所ですね。とても近いんですが、日常的に行くことはないです。出かける時は、西の方に行くことが多いですね。三木市の動物に触れられる牧場とか。高速に乗って、ここから車で1時間40分くらい。道があまり混まないから、移動はめちゃくちゃ楽ですね」
夫婦ともども関西生まれ。いつもはお互いバリバリの関西弁らしい。3人は公園に着くと、100均で買ってきたシャボン玉で遊び始めた。弾けるような笑顔で目いっぱいはしゃぐ姿は、道中に聞いた「この子はインドア派」という言葉とは、かけ離れているように見えた。

「幼稚園に行きはじめて、いきなり変わったんです。今は家の中だけだと体力を消耗し切らないみたい。体力がついたんだと思います。まったく活発なタイプじゃなかったので、びっくりしました。だから幼稚園がない日は、よくこの辺に来てますね」
ただ、公園に家族で来るのは休日だと、妻のゆみこさんは言う。平日は、幼稚園から帰ってくると疲れ切っていて、家で放心状態。それからまた「外へ行こう」とはならないそうだ。すべての体力は、幼稚園で使い果たす。よほど、未知なる外の世界が楽しいのだろう。

「公園にはよく来るんですが、走り回るというより、ずっと砂場に留まって、あまり動かないタイプで。滑り台に誘っても『嫌!』『ここで遊ぶ!』って。もう砂場が大好き。いろんな形を砂で作って私たちを出迎える、グリーティング系の遊びが多いですね」
砂場でほのかちゃんが、型でドーナツをつくる。ゆみこさんが「何味?」と聞くと、「塩」とさらっと答える。実際、味覚がオトナで、少し前まではハンバーグやカレーなどの洋食は一切食べなかった。とにかく白いご飯が好きで、副菜は漬け物ということもあったという。

「この子は完全にボク似ですね。ビビリで慎重派。一方で妻は『えいやーっ!』のタイプ。外に出かけるのも、半分は妻が家で時間をつぶせないから。とにかく、じっとしてられない。でも僕は『家でゆっくりしたらええやん』って(笑)。タイプが真逆なんですよね」
2.パパがつくるもの
公園から帰り、たださんが玄関の扉を開ける。しゃれた白木の大きなドアはオートロック機能付き。たださん自ら取り付けたものだ。DIYが得意だそうだが、これは趣味の範疇を超えている。

「確かに、趣味というより仕事の延長ですね。ウチは建具工事を行う建材会社なので。購入したとき家はきれいにリフォームされていたんですが、玄関のドアは好みのものにしたかったので付け替えました。父親のDIYっぽいものだと、トイレで使う『娘用の踏み台』がヒットでしたね。まだトイレに座っても足がつかないんですが、ついた方がいいと聞いたので、ホームセンターで資材を買ってきて作りました」

たださんの仕事は営業だ。基本的に施工は職人に委ねるが、父親の血か、子どものころから工作系が得意で、現場の作業を手伝うことも少なくないという。工具の扱いなどは、高校卒業後に進んだ自動車整備の専門学校で身につけた。
「今でも車を触るのは得意ですよ。車のオイル交換ぐらい自分でやれちゃいます。割と何でも作れるんですが、たぶん妻は僕がそこまでやれると思ってない(笑)。この前も庭先で鉄を溶接し荷物ラックを作っていたら、妻が『え!そんなのもできるの?』って」
玄関には、たださんが取り付けた鞄掛けや姿見もあった。姿見は壁に鏡を貼りつけたシンプルなものだが、接着する部分の壁紙をめくり、下地の石膏ボードに鏡用の接着剤と両面テープを使って取り付けるなど、一般の人には少しハードルが高いらしい。

「娘には、新しい机を作ってあげたいなと思ってます。子どもの頃、僕も父親に作ってもらって、すごくうれしかった。弟と2人用のつながった市販の机を、あるとき弟と僕のものとに分割して、木材で補強とかしながらアレンジし、組み立て直してくれたんです」
お昼が近づくと、たださんはキッチンへ。この日の昼食は、ほのかちゃんも大好きな、たださんお手製のチャーハンだ。もともと料理が得意なだけあって、包丁や鍋の扱いはなれたもの。迷いなくぱぱぱと素材が投入され、あっというまに米粒が宙に舞う。

「卵は溶かずに投入してから混ぜ、そこにご飯や具材を加えて、すばやく炒めていきます。チャーハンの素とかは使わないですね。塩と胡椒、鶏ガラスープの素を入れて、最後に醤油をちょっと……。(しばらくフライパンをガシガシ煽って)はい、これで完成です」
まるでお店のように、丸いお椀でかたどられたチャーハンが、お皿の上に載る。それをみたほのかちゃんが、うれしそうに笑ったのが印象的だった。

3.勤務先はマイホーム
この場所に、たださん一家が引っ越してきたのは、1年ほど前のこと。父親と一緒に経営する建材会社の営業所を、この自宅に移すことにした。
「父は加古川の実家でやっているので、こっちはいわゆる支店ですね。お客様は神戸市内が多いです。リビングの隣を子供部屋にして2階の奥に事務所を置きました。僕の肩書きは工務課長。あと一応『二級建築施工管理技士』という国家資格を持ってます」

「鋼製建具工事」という仕事は、玄関などの扉、窓やサッシ、手すりなどを取り扱い、取引先は会社のビルや一般住宅まで幅広い。仕事用の資材や工具はガレージの脇と裏の物置に置いてあり、簡単な加工は自宅でできる。だがたださんは、自分の仕事は「調整」だという。
「お客様から要望を聞いて、こうしましょうと提案。オーダーが窓だったら、取り付ける現場に赴いて確認し、打ち合わせ。発注までいけば外部の職人さんに作業を依頼します。その現場に、資材や工具を持って行ったり、施工を手伝ったり。量が多い場合は運搬も外注しますが、ドアの施工1~2件くらいだったら僕のトラック1台で運んじゃいます」

始業時間はだいたい朝8時。これを過ぎると携帯やファックスが音を立て始める。仕事中に、ほのかちゃんが入って来てしまうこともあるため普段はゲートを閉めているというが、天窓が付いた事務所は採光もよく、静かに仕事をするには申し分ない環境だ。
「部屋や間取りも気に入ってますが、この家の決め手は『立地』でした。神戸市内につなぐ高速道路に近く、その道が混まない。引っ越す前も高速を利用していたのですが毎日半端ない渋滞で、家までさほど距離がないのに帰るまで1時間半~2時間くらいかかってた。5時過ぎに仕事場を出ても家に着くのは7時、下手したら8時になっちゃうんです」

仕事柄、家から車で現場へ直行することも多く、電車通勤は難しい。でもそのために行き帰りで3、4時間ロスして、子育てに関わる時間が減るのは辛い。だからとにかく、子どもが幼稚園に入る前までに、渋滞を逃れられる立地で家を買おうと心に決めていたという。
「立地に加えてもう一つ、子どもが西宮市が運営する療育施設に通っていて、そこを変えたくなかったので、絶対条件として『西宮市内に住む』っていうのもありました。そういうことも含めて、この家はまさに“ドンピシャ”の物件だったんです」

実際、子どもと関わる時間は各段に増えた。稼ぎ出した4時間を仕事に充てることで、土日の不要な出勤が減り、休日がフリーになった。家族で一緒に夕飯を食べて、子どもを寝かしつけてから仕事ができることも大きかった。ゆみこさんも、それを実感している。
「休日に彼が忙しくて午前中は2階で仕事していても、昼までで終わればパッと出かけられる。あと、いつも家にいてくれるので、なにかあったら呼べるのも助かりました。子どもをお風呂入れてあがったときに、『保湿やって!』って呼び出したりもできますしね」
4.それぞれのリズムで
たださんは、子どもと遊ぶのがうまいとゆみこさんは言う。「ご飯つくるから、一緒に遊んでて」と役割分担することも多いようだ。普段どんな風に遊んでいるのか、聞いてみた。

「特別なことはしてないんですけどね。娘が気に入ってる本を持ってきて『読んで』とか、紙に『描いて』とか言われるのに、応える感じです。本はすぐ飽きちゃうんですけど、この『あいうえおを音読する本』だけは、一緒に読むのが好きですね。読んでほしいページを開いて『ここ』って指示が来る(笑)。それを従順に読んでいきます」
読んでいる途中で、ほのかちゃんがあっち行ったりこっち行ったりすることも多く、「読めって言ったくせに!」と思うこともあると、うれしそうに笑う。
「絵で遊ぶときはちょっと変わってて。ペンと白い紙を持ってきて、自分で描くのかと思いきや僕に渡す。『何を描いたらいいの?』と言っても、別にテーマはくれない(笑)。今朝は数字を勉強するといって紙を並べ始めたので『1、2、3……』と数字を書きながら一緒に数を数えました。数字だけじゃつまらないので、サイコロみたいなマルも加えて」

ゆみこさん曰く、彼はままごともうまく、何時間でもやっていられるそうだ。水族館に行っても、おもちゃ売り場でも、子どもと一緒にいつまでも同じ場所から動かない。だが、お出かけのときは、子どもの身の回りの準備はゆみこさん、お弁当はたださんが担当する。
「おにぎり弁当が多いですね。味が違うおにぎりを五種類ぐらい用意するんです。梅にのりたま、しらすとおかかとかっていうふうに、いろんな種類を作るんです。その方が、子どもが食べてくれるなって想像すると全然苦じゃなくて。妻は『私がやったら、面倒くさいから一種類でええわってなる』って言ってます(笑)」

体力系、例えば「鬼ごっこ」などは、ゆみこさんの得意分野。親子参加の運動会なら動くのはゆみこさんだ。大変なことが山積みなのは言うまでもないが、それでも2人は「子育てが本当に楽しい」と口をそろえる。生まれた頃のことを、ゆみこさんはしみじみとこう話す。
「新生児のときから、私だけが子供のことをやる、みたいなことは全然なくて。私、要領が悪くて哺乳瓶さえろくに洗えないときがあって。そしたら彼が帰ってきて洗ってくれて、ご飯も作ってくれたり、家事をやってくれたんです。精神的にもすごく支えられました」

今の時代、家事が得意な夫も、妻を優しく気づかう夫もいるだろう。でも、たださん夫妻には、どちらかが何かを背負っているという感じがない。それぞれが「できることをやる」という自然なリズムのようなものが、2人の間には流れている。
「僕はやっぱり、自分が関わらずして子どもが知らぬ間に成長していくっていうのが、寂しいなって思いますね。だから生まれた瞬間から関わりたかったし、できるだけ一緒に時間を過ごすということを、やりたいんです」

5.したいことは、なるべく。
たださんには、子育てに独自の価値観がある。それは、子どもが成長するにつれて出てくる「やりたいこと」を、できるだけ叶えてあげること。彼自身したかったことを、ご両親が「なんとかしたろ」と応えてくれたので、それを娘にもしてあげたいと思っている。
「この子には早い段階から、何でも自由に選択させてきました。着る服も、遊びも、お出かけに持っていくオモチャやお菓子も。その代わり、選んだなら責任を持ちなさいって。失敗から学んだ方が得るものが多いというのが、人生の実感としてあるので。少しくらいケガしてもいいから、なんでもやってみる。キケンって、そうやって覚えるじゃないですか」

そうして育ったせいか、ほのかちゃんは出先で駄々をこねることがないそうだ。ゆみこさんも、「基本的に怒らず、自由にやらせる」という夫の考えに寄り添っている。
「小さなことですが、例えば、この子はお風呂が好きで自分で身体を洗いたがるんですね。そのとき『シュシュシュで流す』って言って、ボディソープを延々とプッシュする(笑)。まあもったいないんですけど、好きなだけやらせてます。それくらいならええやん、って」

元気いっぱいに遊び、初対面の人にも物怖じせず、はつらつと話す。ほのかちゃんの生き生きとした表情に、子どもと向き合う夫妻の思いが垣間見える。ちなみに今、ほのかちゃんが一番好きなのは「生き物」だ。動物も昆虫も、見つめるときの目の輝きが違うらしい。
「最初のきっかけは『神戸どうぶつ王国』だったと思います。動物を見たとたん『キャハハハーーー!!』って聞いたこともない声で笑い始めて。そこまで感情を爆発させたのを見たことがなかったから、とても驚きました。昆虫も大好きで、あれ何歳ぐらいだろう?ベビーベッドからぎゅっと握った手を出して嬉しそうに呼ぶので『なに?』って近づいったら、手の中にカメムシが!最悪ですよ(笑)。もうすごい匂い。でもこの子はケロっとしてる」

夫婦ともに動物は好きだが、都会育ちのゆみこさんは特に、虫が大の苦手。カメムシのときは大騒ぎだったそうだ。でもそんな顛末を2人はにこやかに話す。たださんの、その大らかな愛情の裏には、5歳のときに経験したという阪神大震災の記憶があるように思えた。
「当時は宝塚市の賃貸に父・母・僕・弟の家族4人で住んでいました。大きな揺れで目覚めたら、父親が僕らの上に覆いかぶさっていたんです。家具が倒れてきたらって考えたんでしょうね。母が最初に気づいて、慌てた起きた父がとった、とっさの行動だったそうです」

地震があると、その時の恐怖感とともに思い出す記憶だというが、今も忘れないのは、そこに家族の存在があったからだろう。「子どものために何かできる、それだけで十分」という彼の言葉が胸に響く。
「子どもの成長を見守りながら、日々僕らも成長していることを実感します。家の片付けも、普段の料理も、車の運転も、家を買ってこうして暮らすことも、『こんなことまで、できたんだね』って。2人だけだったら絶対にやっていない経験をしていると思っています」

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